【国・ミ】「蝉」登史草兵
- w-pegana
- 2015年12月12日
- 読了時間: 4分
「蝉」(双葉文庫・中島河太郎編『怪談ミステリー集』他)の紹介ページです。
登史草兵という作家をご存じでしょうか。
まさしく、幻の作家と呼ぶにふさわしい一人だと個人的に思っているのですが、いろいろと謎も多くネットで調べても中々情報が得られません。
※「登史草兵」で検索すると、個人のブログで、ご尽力の賜物と云うべき記事がヒットするのですが、ブログが10年近く更新されていないため、コンタクトが取れそうにもなく、かといって無断リンクは気が引けるので、そのような良質な記事があることだけ書いておきます。気になった方は、ぜひ検索してみてください。
私が本作を読んだのは全くの偶然で、まずこの『怪談ミステリー集』を手に入れ、なんとなしに読んだのが契機でした。
現在、気軽に読める作品は本作と「葦」(双葉文庫(のちにハルキ文庫)鮎川哲也編『怪奇探偵小説集』所収)の2作のみですが、両作品とも序盤で読者をぐっと魅了する、1ページ目がとても上手い作家です。
登史草兵という作家を知るために、上記の鮎川哲也編『怪奇探偵小説集』(ハルキ文庫版)の、鮎川氏による巻末解説を少し長くなるのですが、引用したいと思います。
(P.370,371 短編「葦」の項)
――掲載誌は「探偵実話」昭和二十八年三月号。氏の作品としては本編のほかに、《蝉》とか《鬼》とがある程度で、余技作家というよりもアマチュア作家と呼んだほうがふさわしいのだが、しっかりした筆力から判断するとズブの素人だとは思えない。この人もまた、正体不明の謎の作家なのである。
休刊となってしまった推理小説誌「幻影城」の島崎編集長が再発見した人で、氏から聞いた話を思い出してみると、山形県だか秋田県の産であるらしく、岩手県に本拠をおく歌人のグループに籍をおいたとか。後年、双葉社の編集者に依頼して現地の歌人に訊ねてもらおうとしたものの、成功しなかった。
また、中島河太郎編『怪談ミステリー集』(双葉文庫)の中島氏の解説にも興味深いことが書いてあります。
(P.335 短編「蝉」の項)
――「探偵実話」昭和二十七年十月に発表。
作者は青森で詩人クラブを主宰している新聞記者であった。文学的経歴は創作三、四編と詩作で、「通俗物に入ったのはこの作が始めて」と断っているから、いわば処女作である。
[…]わずか二、三作で筆を断った作者なので、奇妙に印象に残る作である。
なお、作品冒頭の作者紹介のページには、
(P.290 短編「蝉」作者紹介の項)
――本名斎藤草兵。大正十年、山形県に生まれた。中学校卒業後、新聞の編集にたずさわるかたわら、小説、詩などを発表。推理小説はわずか三編を発表したにすぎない。
とあります。
3つの引用文を見ると、東北生まれだということ、そして現代で云う同人活動のようなことに参加(主宰?)していたとのこと、極々少数の作品しか発表していないことが分かります。
鮎川氏が突き止められなかったのだから、私ではまず無理だ。
本名が分かっているのだから、その線で行けそうなものだが、昔の戸籍とかって案外いい加減だったりするので、やはり難しいのかもしれない。
作者紹介が長くなってしまったので、簡単にあらすじを、
連なる山々からぽつんと外れたところにそびえ立つ砦山。
その頂に建てられたまるで寺院のような豪邸は、五年前に女主が亡くなって以来、跡取りの息子もどこかへと行ってしまい、誰一人として寄りつかず、ただひっそりと佇んでいた。
その跡取り息子(主人公)というのは、都会暮らしの中で妻を得て、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、なんの前触れもなく、その妻・螢子が失踪する。
仕事も辞めてしまい、妻見つからぬ今となっては、他に行く当てもなく、この邸へと帰るほかなかった。
亡き女主、つまりは母との忌まわしき過去が眠る、この邸に。
と、こんな感じでしょうか。
上述した通り、1ページ目の、不気味な山とそこに建つ、これまた不気味な豪邸の描写だけでぐっと引きこまれます。
そして、なんと云っても、喉に不快感を覚える、あの湿気含む夏の暑さが、文章からひしひしと伝わってきます。
雑誌「幻想文学」55号に収録されている、『ミステリ作家が選ぶ〈幻想ミステリ〉この一冊』というコーナーでの、
「幻想ミステリ」という言葉から想起される作品の中で、ベスト1だと思われる国内の作品は?
という質問に、故・服部まゆみ先生が本作を挙げておられます。
その際のコメントを最後に引用したいと思います。
(P.36)
――初読はずいぶんと昔だが、忘れがたい名作。夏になり、蝉の声を聞くたびに、あの熱っぽい狂気の世界が蘇る。
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